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東京駅や国会議事堂なんかの、建物の高さより横に長い建造物が目の間に広がる場所は気持ちが良いですね。大手町なんかの圧倒的な大きさのビル群も好きです。

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AppleがMacBookの寿命は3年と発表したという記事を見て、自分の身の回りのものはどうだろうなと考えてみました。今使っているMacBook Pro 13inchは5年目に突入しているわけです。Flextightのために置いてあるMBP15inchはもう10年目ですよ。SnowLeopardのためにまだまだ頑張ってもらわないといけません。メインで使っているMac Proはもう7年目。昔に比べてコンピュータって長持ちするようになりましたよね。昔の製品サイクルが異常だっただけなのかもしれませんが。
それぞれのコンピュータには愛着も湧いているのでいつまでも壊れずにいて欲しいものです。とはいえ、それぞれHDDやSSDの換装とかメモリの増加なんかはしているのですが。

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わりと本気で自宅近くの平坦なランニングコースを知りたいです。
四方を坂に囲まれていてちょっとつらい。加えて交通量も多くて、なんとなく乗り気がしない、というのは甘えがあるからなんだろうけれど。

引っ越しをして、結婚をして、転職をして、生活のスタイルがだいぶ変わって、小説を読む時間が増えたり、音楽を聞いたりする時間が増えました。以前のように毎日MMORPGをする、なんて事は全くなくなって、というか全然していないですね、。
オーディオや家で映画を見られる環境を少し良くしたり、なんていうのは一人暮らしの時よりはむしろ実家で暮らしていた頃に近いかも、なんて思います。
一人暮らしの時の部屋はとても狭かったので、そんな余裕はなかったなあ。今だってそんなに広いわけではないんですけどね。

WordPressのアップデートをしたら、日本語が再び使えるようになりました。
半年以上ほったらかしだったので、肌に馴染むまではまだ少し時間が掛かりそうですが、これからもよろしくお願いします。

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My WordPress has broken…
I can’t write Japanese Post.

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出勤する時の楽しみと言えば、音楽を聴く事くらいしかないわけですが、今日は渋谷で多くの乗客が降りてもいつもの様に座れるわけでもなく、なんとなく小さな辛さを感じつつ電車に揺られていたところ、恵比寿から目黒の間でふとドアの近くに視線を移したらとてもきれいな女性が外の景色を眺めていてはっとしたのです。そして少し白ずんでいるガラスを見て、冬に近づきつつあることを強く意識させられるのです。差し込む光もとてもきれいで、ありきたりな表現に頼ると映画の1シーンのようでもあり、でも長いこと見ていても仕方ないので、またすぐに視線を移すのですが。朝の電車というのはよくトラブルが起こっていて、積極的に乗りたい種類のものではないのですが、たまにそういう出来事があると、それはそれで良いものだと考えたりします。僕は自分では意識しないうちに車内にいる人たちを見てしまうようで、気をつけて欲しいと言われたりするのですが、これまでそういう事で災難にあった事がないのは単に運がいいのかもしれません。もしくは音楽を聴いていて周りの音が聞こえないために何かイチャモンをつけられていたとしても気付いていないだけなのかもしれないです。そして時々、このまま電車が止まったらもっと長く音楽を聴いていられるのにのにな、なんて思ったりするのですが。新宿-田町の23分という時間はじっくり音楽を聴くにはちょっと時間が足りないですよね。かといって家を早く出て、山手線外回りで倍の時間をかけて通勤しようとは思わないわけで。そうだとしても、ひとつのオプションとしてそういった選択肢のある環状線というものに対して若干の心の余裕が生まれるのも事実。

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日々の生活の中で物事へのウェイトのかけ具合というのは人によって異なっていて、それが固定されている人もいると思います。僕の場合はそれが流動的で、その時々で大きく違います。誰かと遊ぶことであっても、一時的に特定の誰かと一緒にいる時間が増えたり減ったり。趣味的なものでも、小説を読みたい時や漫画を読みたい時、アニメを観たい時など挙げればキリがないのですが、ウェイトのかけ具合は割とよく変化します。その時自分が置かれている状況や、場所なんかにも関わってくる事なのだと思います。今の僕は割と小説にウェイトが掛かっていて、先日実家から東京に戻る時の新幹線の中での何をしようかと考えていた時に、改札内の本屋さんでノルウェイの森が平積みされているのを見てどうしても読みたくなりました。アパートに帰れば本棚に置いてあるし、バッグの中には世界の終わりとハードボイルドワンダーランドが入っていて、暇つぶしには充分なのですが。それにKindleだってゲーム機だってあるというのに、どうしても読みたくなってしまうのです。こうなったら仕方がないので買うしかないです。
そんなわけで久しぶりにノルウェイの森を読むことにしました。冒頭からワタナベが37歳という事に驚き、前に読んだときは僕は何歳だっただろうかと思い出そうとしたけれど、無理でした。少なくとも37歳という言葉の響きの持つリアルさを感じとれる年齢ではなかった事は確かです。僕も確実に歳を重ねているのです。内容といえば相変わらず重苦しい雰囲気が続くわけで、少なくとも楽しく読める種類の本ではないですね。それでも読ませるのは今の自分に何かしら必要と思われる部分があるからだと思います。ただ、そういった感情も新幹線を降りてしまうと一旦保留になってしまうようで、車内では熱心に読んでいたのに今では少しずつ読み進めている状況です。
まさにウェイトのかけ方になるのですが、実家に帰省していた事や新幹線という閉鎖された中に身を置く状況等が、普段は読みたいと思わない話を何が何でも読みたいところまで持っていくわけです。普段あまり意識していない事だけど、毎朝の通勤で聴く音楽にもある程度の傾向があって、今日は元気が無いからPerfumeだなとか、なんだかRadioheadがどうしても聴きたいとか、単純なようで複雑なパターンがあるようです。最近は大体Perfumeなのですが。つまりは大体において元気が無く、先週の長い雨や、久しぶりに書店で本を注文したりという事も重なった上での帰省から来るノルウェイの森なのかもしれません。それにしても、ウェイトのかけ方が流動的とは言いつつ、僕は新しいものにというよりは大体において同じような場所をぐるぐると回っているわけです。そんな中に時々紛れ込んでくる新しい事象がとても面白く感じられたりするので、それはそれでいいように思います。新しい事が僕の中のループに定着するかはまた別の話で、誰かに勧められたりしたものだと、余計に時間が掛かったりします。自分でも面倒な性格だと思うのですが、何かを勧められても一旦保留にして、長い時間をかけて浮上してきたものを選びとるような感じです。もっと素直に新しいものを楽しめたらいいのですが。そろそろ冬が来て、ますます頑固になりそうな気がします。

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